【Interview】NYで活躍するエステティシャン 杏里さん “マインドフルネス×エステ”で、内側から輝く本物のキレイをつくりたい。

NYでエステティシャンとして活動している私の幼馴染み、杏里ちゃんにインタビュー♪
元々はデパートの受付で働いていたところから、仕事を変え、国を変え、大きなキャリアチェンジを経験。
エステティシャンを目指したきっかけから、憧れのNYで働くというチャンスを掴み、現在に至るまでのストーリを話してもらいました!

現在の仕事について

エステティシャンとして、NYのヘアサロンの中にあるプライベートルームでフェイシャル・ボディートリートメントの施術を提供してるよ。
それと、サロンのレセプション兼アドミニストレーションスタッフとして電話応対、クライアントデータの管理、Website、SNSの運営とかも。

具体的にはどんなエステを提供しているの?

ただお肌や見た目を美しくするというものではなくて、健康な身体・マインド・精神に導く『ホリスティックビューティー&ヘルス』をベースに施術してる。
特に、マッサージのテクニックに重きを置いて、1つの作品を作り上げるような気持ちで提供しているよ。

大きな特徴は、フェイシャル施術に用いる「アルファハンドセラピー」。
「アルファハンドセラピー」は施術者の素手から微弱な低周波を流しながらフェイス・ネックマッサージを行うもので、医学博士によって自律神経安定効果が立証されてる。
今は全米で唯一私だけが行える施術なの。

お客様には、施術を受けている間だけでもマインドフルネスを感じて、ご自身の内側と向き合いながら、今ここを大切にしていただけるように努めてる。

色々ある中から「アルファハンドセラピー」を選んだ理由は?

ただお肌や見た目を美しくするだけでは誰もキレイにならないから。
キレイとは内側からの輝きであり、外側だけのキレイは加齢と共に簡単に崩れてしまう。
私自身の人生の課題でもあるマインドフルネス、”今ここを大切にすること”をお客様と一緒に学んでいきたい、そんな想いから選んだよ。

エステティシャンになろうと思ったきっかけってある?

10代の頃から美容が大好きで、自分のお金でエステが受けられるようになった時、いろんなサロンへ行ってみたんだよね。
でも、そこにいたのは”エステティシャン”ではなく、高額化粧品や高額コースの契約を薦める”営業マン”だった。
日本のエステに対する詐欺の印象が強いのはこれが理由だと思って、このイメージを奪還したい、そんな野望を抱いてたかな。
エステティシャンと言う名の営業マンではなく、お手入れのプロ、キレイの土台を作る人になりたいと思ったのがきっかけになってるよ。

元々はどんなことから美容に興味を持つようになった?

母や祖母も化粧品が大好きで、特に祖母の美容・健康オタクにはとても影響を受けたんだよね。
米の研ぎ汁で顔を洗えば白くなるとか!
私は元々色黒で…美白と名の付くものは一通り試したり、中学生ながらポンズダブルホワイトを試したりしてた(笑)

それと、近所のおばちゃんがアルソアのエステをしていて、そこで施術されているのを見るのが好きだったよ。
田舎だったからエステサロンなんてものはなかったけど、ドラッグストアではスキンケアコーナーにへばりついてたかも。

昔から美容に興味持っていながら、初めからエステの道ではなかったよね。最初の仕事はどうやって選んだの?

そう、そこね、私の病み期?闇期?で。
高校の時、とにかく如何に楽に、簡単に、生きていけるかみたいな感じのことしか考えてなかったんだよね。
もちろんエステティシャンになりたいっていうのはあったんだけど、”しんどそう”っていう印象が1番にあった。
しんどいことしたくなくて、美容専門学校なんてしんどいの代表だって思って。
父親のコネで推薦で入れるビジネス系の短大に進んで、華やかそうなデパートの受付嬢を選んだの。

今思えば、この「楽」を選んだ選択が20代前半の八方塞がりの根本。
でもこの八方塞がりがなければ、今の選択もないから、結果よし、という話だけれど。

その「八方塞がり」って?

とにかく全てのことがうまくいかなかった。
若いママに憧れていたから、就職して2-3年したら結婚して子供ができて、仕事はぼちぼちで…みたいな、日本の一般的な感じで生きていければそれでいいと思っていたんだけど…。
まあことごとくそれができなくて。

大失恋を繰り返したり、仕事は大変なのに給料は手取り12万くらい。
給料に見合わない浪費を繰り返して、お金の管理が全くできなくて、給料日まで口座に150円とかね。
食生活の乱れから体調を崩しやすかったり、常にイライラしていて周りに当たることもしばしば。
それに、常に愚痴っぽい感じだったかなあ。でも口先ばかり大きくて。本当最低な人間だったな。
そんな当時の私と付き合ってくれた周りの方々には感謝してもしきれない。

あと、老け顔っていうのもあるけど、20代前半にして30代に見られるくらい年齢相応に見られたことがなかった。
日本の「Theカワイイ」って、色白で、華奢で、女顔で、身長160cm前後みたいな感じじゃない?まあ無理だよね(笑)

それでもさ、日本の「カワイイ女子」になろうと頑張っていた自分、本当ただただ痛々しいわ…。

>この気持ちすごくわかる。私も、なれるわけない姿に憧れて、”自分でコンプレックス作っていたんだな”って。

海外でエステティシャンとして働くことを目指していた印象だったんだけど、日本での活動は選択肢になかった?

実は細々とアルバイトがてら、23歳くらいの時からエステティシャンしていたのだけど、そこはまさに営業マンの世界で、商品を売ってなんぼ、っていう世界だった。
施術とかは1→2→3っていう手順にそってやればOKみたいな。
その世界が本当に嫌で。
オーストラリアにはエステティシャンの国家資格があるっていう情報を知ってからは、通信で学校に通いながら家族や友達をモデルに細々と練習、最終的には自宅サロンみたいなことをしていたよ!

そのオーストラリアの国家資格が今活きているんだね!

オーストラリア国家資格は『ビューティーセラピスト』っていう、フェイシャル・ボディトリートメント・ネイル・メイク・ワックス脱毛などなど、総合した髪の毛以外のすべての美容に関わることの国家資格。
これは、ほぼ全世界のそういった美容のライセンスにトランスファーが可能なの。
私もNY州のエステティックライセンスを試験免除で取得できたのはこの資格があったからだよ。

どんな流れでNYで働くことになったの?決め手は?

恥ずかしながらゴシップガールを約10年前に見るまでは、NYが何なのか(どこにあってどこの国なのか)さえ、興味がないくらい無知だった(笑)
でもゴシップガールを見て、NY行きたいー!!!ってなったかなりのミーハー。
念願叶って旅行で訪れた時には、本当帰りたくなくて、飛行機の中から見えるマンハッタンの摩天楼にどうか私のことを好きになってくれ、っとばかりに願ったの。

でもアメリカってビザとか厳しくて。
当時の私では行けそうにないから、他の国にワーホリを考えていて、そこでオーストラリア国家資格を目指した。
その時に、何かスペシャルなことをって思ってアルファハンドセラピーもやってみたんだけど、その学院で出会った人の知人がNYで老舗のヘアサロンをしていてね。
そこにあるプライベートルームを使ってくれる人を探してるって話を聞いて、恐れもなしに飛びついたんだよね!

すごい決断!迷いとか不安はなかった?

迷いは全くなかったよ!
たった数ヶ月でも「NYに住みたい」って思いの方が強かった。

到着と同時に、日本の安心安全フルサポート世界しか知らない私は、アメリカの全て自分次第ノーサポートの世界の中でもの凄い不安に駆られて、最初の1週間はホームシック・時差ボケも重なり、寝れるわけはなく…。
辛かったかなー。

数年NYで働いていて感じていることはある?それまでの自分と何か変わったと思うこととか。

私の性格や中身自体は昔から変わらずかな(笑)
やっぱりNYって、「The アメリカ」ってわけでもない気がする、とにかく多国籍。
新鮮に感じることがまだまだ多いかな。
27年間、日本という小さな島国の、その中の小さな島の四国っていう世界をすごくすごく窮屈に感じてて。
大人になっても謎の日本スタンダードに縛られる形に反抗心さえあったんだけど、この数年のこちらでの生活でそこが消えたかな。
大切なのはでIndividual(個々)なんだって。
日本が悪いわけでもなんでもなくて、ただ「自分次第」ってこと。
そんでもってNYは本当にすごく自由、なんでも。
その代わりに全て自己責任、っていう認識ができてきたかな?

今後のプランや、やっていきたいことはある?

Stay homeで全て済ませれるようになりたいかな。
会計事務所兼自宅サロンみたいな。
そのためにはまずは起業できるくらいの顧客を持つこと、英語力の向上、そして会計学の学位を取ること、かな。
今できることでやりたいことは全部やれてるから、結構満足はしてる。

Anrish NY
HP:anrishny.com
IG:www.instagram.com/anrish_ny/

あとがき

小さな田舎で育った私たちが、4年前には一緒にNYで年越しして、3週間同じ屋根の下で生活をしたのはとても感慨深い思い出。
また自由に旅行ができる時期が来たら遊びに行きたい!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です